AI翻訳や自動字幕が身近になり、「これからも外国語を学ぶ必要はあるのか」と考える生徒は増えていくでしょう。 私も英語教員として、この問いを避けるべきではないと思っています。 そこで今回は、少し極端な思考実験をしてみます。

もし、社会から英語教育がなくなり、学校から英語の先生がいなくなったらどうなるのでしょうか。 翻訳技術が残るなら、情報のやり取りそのものはかなりの部分で支えられるかもしれません。 それでも、外国語を学ぶ経験から失われるものはないのでしょうか。

この記事の結論は、「AI翻訳ではだめだから英語を学ぶべきだ」ではありません。
翻訳技術を使いながらも、人が自分で別の言語に向き合うことには、 情報交換とは異なる学習上の意味があるのではないか、という問いです。

1. 言語は「情報を変換する道具」だけではない

翻訳アプリの重要な役割は、異なる言語の間で情報を理解しやすくすることです。 旅行、仕事、災害時、学校生活など、翻訳技術によって助けられる場面は数多くあります。 私は、教育の中でもこうした技術を活用してよいと考えています。

ただ、言語学習で経験することは、意味の変換だけではありません。 相手の話し方を聞く。自分の言いたいことを別の表現に言い換える。 相手に伝わっているかを表情から確認する。 自分には当たり前だった言い方が、別の文化では同じようには受け取られないことに気づく。 こうした経験は、実際の対話の中で少しずつ身についていきます。

高等学校の学習指導要領でも、外国語教育は単なる語彙・文法知識だけではなく、 目的や場面、状況に応じて情報や考えを理解し、表現し、伝え合うことを重視しています。 また、言語の背景にある文化を理解し、相手に配慮しながらコミュニケーションを図ろうとする態度も目標に含まれています。

2. 「異文化間コミュニケーション」は英語力だけでは決まらない

外国語教育では、intercultural communicative competence、 つまり異なる文化的背景を持つ人と関わるための能力が議論されてきました。 これは「外国の文化をたくさん知っている」というだけではありません。

自分と相手の前提が違う可能性に気づくこと。 すぐに相手を判断せず、質問すること。 分からないときに確認すること。 自分の考えも絶対ではないと考え直すこと。 私は、こうした態度も外国語を使う経験の中で育てられると考えています。

Council of EuropeのCEFR Companion Volumeでも、 学習者を単に一つの外国語を正確に使う人としてではなく、 自分が持つ複数の言語・文化的資源を使って社会に参加する social agentとして捉える考え方が強調されています。

3. Global Classroomで見える「翻訳だけでは終わらない学び」

Global Classroomで海外の生徒と日本の生徒が話す場面を見ていると、 会話はいつもスムーズに進むわけではありません。 相手の発音が聞き取れないこともあります。 言いたい単語が出ないこともあります。 同じ英語表現でも、意図がうまく伝わらないことがあります。

しかし、そういうときに生徒は、 “Can you say that again?” と聞き返したり、 知っている別の単語に言い換えたり、 画像を見せたり、身振りを使ったりします。

私が価値を感じるのは、完璧な英語が出た瞬間だけではありません。 「相手に伝わらないから、別の方法を試した」という経験です。 これは、翻訳ツールを使う場合にも必要になる、人と人とのコミュニケーションの調整力だと思います。

4. 外国語を学ぶことは「相手への最大のリスペクト」なのか

元の記事では、「他者の言語を学ぶことは相手への最大のリスペクト」と書いていました。 今は、この表現は少し強すぎると考えています。

相手を尊重する方法は、言語を学ぶことだけではありません。 翻訳を使って丁寧に話す人もいます。 相手の名前を正しく呼ぶこと、話を最後まで聞くこと、 分からない文化について質問することも尊重の表れです。

それでも、自分とは違う言語を学ぼうとする行為には意味があります。 発音しにくさや、言いたいことがすぐに言えない感覚を自分が経験することで、 第二言語で生活している人の苦労を想像しやすくなることがあるからです。

5. AI翻訳があるからこそ、授業で何を教えるのか

AIが翻訳できる時代に、学校が翻訳機より速く英文を作る競争をする必要はありません。 むしろ、技術を使えることを前提に、 人間がどこで判断し、どこで相手に配慮し、どこで自分の言葉を使うのかを考える授業へ変えていく必要があります。

  • 翻訳結果が自分の意図と合っているか確認する
  • 相手との関係に応じて表現を選ぶ
  • 分からないことを質問し、確認する
  • 相手の文化的背景を決めつけずに聞く
  • 必要に応じてAI、辞書、自分の英語を組み合わせる

私にとって、これからの外国語教育は「AIを使わない教育」ではありません。 AIを使いながらも、自分で相手と関係をつくれる人を育てる教育です。

6. もし英語の先生が本当にいなくなったら

英語の先生がいなくなったからといって、 社会が必ず「不寛容な分断社会」になるとは言えません。 外国語を学ばなくても異文化理解を深める方法はありますし、 翻訳技術が人と人をつなぐ場面も増えるでしょう。

それでも私は、学校で外国語を学ぶ時間には残す価値があると考えています。 それは、英語を完璧に話せる人を作るためだけではありません。 自分とは違う言葉を使う人に出会い、うまく伝わらず、工夫し、少しずつ理解する経験を 学校の中で安全に持てるからです。

英語教師の役割も変わっていくでしょう。 文法や単語を説明するだけでなく、 生徒が実際に誰かと話し、AIも使い、誤解し、修正し、 「伝わった」と感じる経験を設計すること。 私は、そこにこれからの英語教師の重要な仕事があると思っています。

参考資料

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