中学生の頃、私は放送委員でした。 下校時刻の校舎に、毎日のように流していた曲があります。 Michael Jacksonの“Heal the World”です。

当時の私は英語が好きだったわけではありません。 歌詞の意味を細かく理解していたわけでもありません。 むしろ、大人に反発したり、周囲との関係に悩んだりする、ごく普通の未熟な中学生でした。 それでも、なぜかこの曲を選んでいました。

今になって振り返ると、 「世界を少しでも良くしたい」という曲全体のメッセージに、 言葉を理解する前から何かを感じていたのかもしれません。 ただし、これは教育効果を証明する話ではありません。 一つの音楽体験が、後から自分の教育観とつながって見えるようになったという、私自身の振り返りです。

私にとって言語教育の価値は、「正しい英語を教えること」だけではありません。
知らなかった人や社会に目を向け、自分とは違う考え方を知り、 それでも対話してみようとする機会をつくることにもあると考えています。

1. 英語を学ぶと「世界を見る窓」が増える

外国語を学ぶと、世界中の出来事を自動的に正しく理解できるようになるわけではありません。 英語を話せるからといって、異文化理解が自然に身につくわけでもありません。

それでも、別の言語を知ることで、 自分がこれまで触れていなかった人の言葉、 ニュース、音楽、学校生活、考え方に直接出会える可能性が広がります。 翻訳を使うことも含め、 「自分の外側にあるものを知ろうとする入口」が増えることには意味があります。

私が現在Global Classroomで国際交流を続けている理由も、 生徒に「外国の知識」を一方向に教えるためではありません。 画面の向こうの同世代と話し、 「自分と同じところ」「思っていたより違うところ」の両方に出会ってほしいからです。

2. UNESCOのGlobal Citizenship Educationから考える

UNESCOはGlobal Citizenship Education(GCED)を、 認知的・社会情緒的・行動的という複数の学習領域から整理しています。 世界や地域の課題について知るだけでなく、 他者との共通性や違いを理解し、 より平和で包摂的な社会に向けて責任ある行動を考えることが含まれます。

ここで大切なのは、GCEDが「英語教育そのもの」を意味するわけではないことです。 社会科、総合的な探究、地域活動、国際交流など、 多くの学習領域から取り組むことができます。

その中で外国語には独自の役割があります。 他者について教材で学ぶだけでなく、 実際に別の言語を使って他者と関わる経験を作りやすいことです。 英語がGCEDを保証するのではなく、 言語活動をGCEDにつながる問いや対話へ設計できる可能性がある、と私は考えています。

3. SELを「音楽を聴けば共感力が上がる」と単純化しない

元の記事では、 音楽や芸術が「不安を取り除き、学習動機を利他的なものへ変える」と書いていました。 今は、この因果関係をそこまで単純に言うことはできないと考えています。

CASELはSocial and Emotional Learning(SEL)を、 自己理解、感情の調整、他者への共感、 支え合う関係づくり、責任ある意思決定などに関わる学びとして整理しています。 そこにはsocial awareness(社会的認識)や relationship skills(関係を築く力)も含まれます。

私にとって、音楽はその力を自動的に育てる「方法」ではありません。 ただ、一曲の音楽や一つの物語をきっかけに、 「この人は何を感じているのだろう」 「自分ならどう考えるだろう」 と話し合うことはできます。

つまり、教材の力だけでなく、 その教材を使ってどんな問いを作り、どんな対話を行うかが大切なのだと思います。

4. 「感動した」で終わらせない授業にする

平和、人権、環境、貧困などを扱う英語教材では、 感動的な映像や音楽を見せて終わる授業になりやすいことがあります。 しかし、感情が動いたことと、 その問題を理解したことは同じではありません。

私なら、音楽や映像を入り口にした後、 生徒に次のような問いを投げかけます。

  • このメッセージに共感した部分と、疑問に思った部分は何か。
  • 「世界を良くする」とは、自分の生活では具体的に何を意味するか。
  • 別の国や地域の同世代は、同じテーマをどう見るだろうか。
  • 自分にできることと、自分だけでは解決できないことは何か。
  • このテーマについて、実際に誰かと話して確認できることはあるか。

こうした問いがあれば、 「良い歌だった」で終わらず、 自分の考えを英語や日本語で整理し、 他者と比較し、必要なら考え直す活動につなげられます。

5. Global Classroomで大切にしているのは「仲良くなること」だけではない

Global Classroomでは、友情が生まれることがあります。 笑い合い、SNSでつながり、その後も交流が続く生徒もいます。 それは大切な成果の一つです。

ただ、国際交流は「外国の人と話せば必ず理解し合える」というものでもありません。 価値観が違ったり、話題の選び方に困ったり、 期待したほど会話が続かなかったりすることもあります。

私はむしろ、そうした小さなずれも学びだと考えています。 分からなかったことを質問する、決めつけを修正する、 自分の説明の仕方を変える。 その積み重ねが、国際交流を単なるイベントではなく学習にしていきます。

6. 「世界を良くする」は大きすぎる。だから教室から始める

中学生の頃に聴いていた曲には、世界をより良い場所にしようという大きなメッセージがあります。 44歳になった今、その言葉を教育者として受け取るとき、 私は以前より少し慎重になりました。

教師一人が世界を変えられるわけではありません。 一回の国際交流で偏見がなくなるわけでもありません。 一つのアプリで生徒の人生が変わるとも言えません。

それでも、 教室で隣の人の話を最後まで聞くこと、 知らない国について決めつけずに質問すること、 英語がうまく出なくても相手に伝え直してみること。 そうした小さな行動は授業の中で作ることができます。

私にとって「言語を教える理由」は、 生徒に一つの正しい世界観を教えることではありません。 自分とは違う人に出会ったとき、知ろうとし、話そうとし、 必要なら自分の考えも見直せる経験を増やすことです。

放送室で毎日流していた一曲が、 そのまま私を英語教師にしたわけではありません。 でも今振り返ると、 当時感じていた「自分の外にもっと大きな世界がある」という感覚は、 Global Classroomや現在の授業づくりにつながる原点の一つだったのだと思います。

参考資料

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